【理想の上司】「優しいor厳しい」は古い。信頼は「自分らしさ」で築く
「理想の上司とは、どんな人ですか?」
この問いに、多くの管理職が頭を悩ませています。「部下に好かれたいから、優しく接するべきか」「いや、成長のためには厳しさも必要だ」。この「優しい上司 vs 厳しい上司」という二元論は、マネジメントにおける永遠のテーマでした。
しかし、時代は大きく変わりました。近年の調査を見ると、非常に興味深い傾向が浮かび上がってきます。たとえば、明治安田生命や産業能率大学の「理想の上司」調査では、「親しみやすく優しい」という特徴と同時に、「指示が明確」「決断力がある」といった、ある種の「厳しさ」や「有能さ」を兼ね備えた人物像が支持されています 。
一見すると、これは矛盾しているように思えるかもしれません。しかし、部下たちは単に「優しい人」や「厳しい人」を求めているわけではないのです。彼らが本当に求めているのは、特定の役割を演じる上司ではなく、一人の人間として信頼できる「本物のリーダー」です。
本記事では、この「優しいか、厳しいか」という古い問いに終止符を打ち、現代の部下が真に求めるリーダーシップ像、「オーセンティック・リーダーシップ」について、その本質と実践方法を解き明かしていきます。
なぜ「優しいだけ」「厳しいだけ」ではダメなのか?
かつては、どちらかのスタイルが有効な場面もありました。しかし、現代の複雑なビジネス環境において、一方に偏ったリーダーシップは多くの問題点を抱えています。
「友達上司」の落とし穴
親しみやすく、何でも相談できる「友達のような上司」は、一見すると理想的に思えます。実際に、相談しやすい環境は心理的安全性を高め、チームのモチベーション向上に繋がることもあります 。
しかし、その距離感は諸刃の剣です。距離が近すぎると、公私の境界線が曖昧になり、馴れ合いの関係が生まれます。その結果、部下のパフォーマンスが低い時に厳しいフィードバックをしづらくなったり 、特定の部下をえこひいきしていると見なされたりするリスクが高まります。友人関係を維持したいという思いが、客観的で公正な評価を妨げてしまうのです 。
「厳しい上司」の限界
一方で、高い基準を掲げ、部下を厳しく指導する上司も存在します。その厳しさが部下の成長を促す起爆剤となることも確かです 。尊敬できる上司からの厳しい指摘は、感謝と共に受け入れられることさえあります 。
しかし、その厳しさが尊敬ではなく恐怖に基づいている場合、事態は深刻です。過度なプレッシャーは部下の精神を蝕み 、悪いニュースを報告しづらい雰囲気を作り出し、コミュニケーション不全に陥ります 。部下の成長を願う誠実な意図がなければ、その厳しさは単なるパワーハラスメントと受け取られかねません 。
結局のところ、「優しいだけ」も「厳しいだけ」も、あらゆる部下や状況に対応できない「硬直したスタイル」であるという点で共通の限界を抱えているのです。
信頼の新通貨「オーセンティック・リーダーシップ」とは?
では、現代の部下は何を求めているのでしょうか。それは、役割を演じるのではなく、自分自身の価値観や信念に基づいて行動する「本物の(オーセンティックな)」リーダーです 。
オーセンティック・リーダーシップとは、古代ギリシャ哲学の「汝自身を知れ」という教えに源流を持つ考え方で、「自分らしさ」を軸にリーダーシップを発揮することを指します 。変化が激しく、先行き不透明なVUCAの時代において、リーダー一人の知識や経験で全てを判断するトップダウン型の手法は限界を迎えています 。特に若い世代は、上司の言葉と行動が一致しない「不誠実さ」に敏感です。だからこそ、一貫性のある「本物のリーダー」が求められているのです。
オーセンティック・リーダーシップは、主に以下の5つの特性から構成されると言われています 。
- 自己認識 (Self-awareness) 自分の価値観、情熱、強み、そして弱みや限界を深く理解している状態です。自分自身を客観的に把握しているからこそ、感情に流されず、冷静な判断ができます 。
- 関係の透明性 (Relational Transparency) 自分の考えや感情を率直に、ありのままに伝えます。完璧な上司を演じるのではなく、時には自分の弱みや失敗談さえも開示することで、部下との間に強固な信頼関係を築きます 。
- 内面化された倫理観 (Internalized Moral Perspective) 社会的な圧力や短期的な利益に流されることなく、自分自身の内なる倫理観や価値観に基づいて行動します。このブレない軸が、部下に安心感と公平性への信頼を与えます 。
- バランスの取れた情報処理 (Balanced Processing) 意思決定の際に、自分の先入観に固執せず、部下からの異論も含めてあらゆる情報を客観的に分析します。多様な視点を取り入れることで、より質の高い判断を下すことができます 。
- 目的意識と情熱 (Purpose & Passion) 自分が何を成し遂げたいのかという明確な目的意識を持ち、それに対して情熱を注ぎます。その情熱が部下にも伝播し、「この人と一緒に働きたい」という求心力を生み出します 。
例えば、プロジェクトが失敗した時、オーセンティックなリーダーは「今回の失敗は、私の見通しの甘さが原因だ」と責任を認め、チームと共に原因を分析し、次に活かそうとします 。これは部下を叱責する「厳しい上司」でも、失敗を看過する「優しい上司」でもありません。透明性と誠実さをもって事態に向き合うこの姿勢こそが、真の信頼を育むのです。
「自分らしさ」をチームの力に変える「サーバント・リーダーシップ」
ただし、単に「自分らしく」あるだけでは不十分です。その「自分らしさ」が、独りよがりなものではなく、チームや部下の成長に向かっていて初めて、リーダーシップとして機能します。ここで重要になるのが、「サーバント・リーダーシップ」の視点です。
サーバント・リーダーシップとは、「まず相手に奉仕し、その後相手を導く」という考え方です 。リーダーの第一の動機は、権力や支配ではなく、部下の成長を支援し、チームに奉仕することにあります 。
ここで誤解してはならないのは、「サーバント(奉仕者)」とは「部下の言いなりになる召使い」ではないということです 。サーバント・リーダーも明確なビジョンを示し、成果を求めます。しかし、そのすべての行動の根底に「チームを支え、メンバーの成功を助けたい」という奉仕の精神があるのです 。
このサーバントの精神は、特に以下の3つの行動に現れます 。
- 傾聴: 自分の意見を言う前に、まず部下の声に真摯に耳を傾け、その考えや感情を深く理解しようと努めます。
- 共感: 部下の立場に立ち、その気持ちに寄り添います。この共感的な姿勢が、部下に安心感を与えます。
- 成長へのコミットメント: 部下一人ひとりの可能性を信じ、その能力が最大限に発揮されるよう、成長の機会を積極的に提供します。
オーセンティック・リーダーシップが「自分という軸」を確立するものだとすれば、サーバント・リーダーシップは、その軸足を「他者への貢献」に置くためのコンパスです。「自分らしいやり方で、チームに奉仕し、メンバーの成長を支援する」。この二つのリーダーシップの融合こそが、2025年の理想の上司像と言えるでしょう。
明日からできる、オーセンティック・リーダーへの第一歩
理論は分かったけれど、具体的に何をすればいいのか。そう感じる方も多いでしょう。オーセンティック・リーダーになるために、明日から実践できる4つのステップをご紹介します。
- 自分自身を深く知る まずは、自分自身の価値観、強み、そして弱みについて徹底的に自己分析してみましょう 。これまでの人生で、何に情熱を感じ、どんな時にやりがいを感じたか。どんな信念を大切にしてきたか。紙に書き出すことで、自分らしさの輪郭が見えてきます。
- 小さな自己開示を試みる 完璧な上司を演じるのをやめ、少しだけ人間味を見せてみましょう。1on1や雑談の場で、仕事以外の趣味の話や、過去の適切な失敗談などを共有してみてください 。あなたの意外な一面を知ることで、部下は親近感を抱き、あなたをより信頼するようになります。
- 「聴く」ことを意識する 部下が話している時は、途中で遮らずに最後まで耳を傾けることを徹底しましょう 。すぐにアドバイスをするのではなく、「なぜそう思うの?」と問いかけることで、部下は自分の考えを深め、主体的に行動するようになります。
- 視点を変えてみる 「部下は私のために何をしてくれるか?」という問いを、「私は部下のために何ができるか?」という問いに変えてみてください 。このサーバント(奉仕)の視点を持つだけで、あなたの言動は自然と部下を支援するものに変わり、チーム全体の雰囲気もポジティブなものになるはずです。
まとめ:信頼されるリーダーは、「役割」ではなく「あり方」で人を動かす
「理想の上司」をめぐる議論は、「優しいか、厳しいか」という単純な二者択一の時代を終えました。現代の部下が本当に求めているのは、特定の役割を演じる器用な上司ではなく、人間的な魅力と一貫性を備えた「本物のリーダー」です。
その鍵となるのが、自分自身の価値観に根差した「オーセンティック・リーダーシップ」と、チームへの貢献を第一に考える「サーバント・リーダーシップ」の融合です。自分らしさを武器に、奉仕の精神でチームを支える。それは、習得すべきスキルというよりも、リーダーとしての「あり方」そのものと言えるでしょう。
この記事で紹介した第一歩は、決して難しいものではありません。自分自身と向き合い、部下への関わり方を少し変えるだけで、あなたのリーダーシップは確実に進化します。そしてその変化は、部下からの揺るぎない信頼となって、あなた自身に返ってくるはずです。
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