なぜゲーム機は高くなった?価格高騰の3つの真実
かつて「待てば安くなる」が常識だったゲーム機。しかし、PlayStation 5(PS5)やXbox Series X|Sといった現行世代機は、発売から数年経っても価格が下がるどころか、むしろ値上げされるという異例の事態が続いています。この記事では、ゲーム機はなぜ高いのか、その背景にある3つの大きな理由を、価格推移の歴史を振り返りながら分かりやすく解説します。結論から言うと、価格高騰は「ハードウェア性能の飛躍的な向上」「世界的な経済危機と円安」「ビジネスモデルの構造的変化」という3つの要因が複雑に絡み合った結果であり、もはやゲーム機はかつてのような「玩具」ではなく、プレミアムな「エンターテインメント・サービスへの入り口」へとその価値を変えたのです。
昔は当たり前だった「待てば安くなる」ゲーム機の価格
ハードで儲けずソフトで儲けるビジネスモデル
現代の家庭用ゲーム機の歴史は、1983年に任天堂が発売した14,800円のファミリーコンピュータ(ファミコン)から始まりました 。その後、スーパーファミコンが25,000円で登場するなど、性能向上と共に価格は上昇しましたが、1990年代半ばにPlayStationやセガサターンが登場すると状況は一変します 。熾烈なシェア争いの結果、各社は値下げを繰り返し、ハードウェア本体では利益を出さず、ゲームソフトのライセンス料で儲ける「カミソリと刃」モデルが業界のスタンダードとして定着しました。
このビジネスモデルの根底には、半導体などの電子部品は時間が経てば製造コストが下がるという経験則がありました。コストが下がれば本体価格を下げることができ、より多くのユーザーにハードを普及させ、結果としてソフトの売上も伸びるという好循環が生まれていたのです。
廉価版モデルの登場がサイクルの象徴だった
2000年代に入ると、この価格戦略はさらに洗練され、小型化・低価格化された「廉価版モデル」の投入が当たり前になります。その象徴が、2000年に39,800円で発売されたPlayStation 2(PS2)です 。PS2はその長い製品寿命の中で段階的に値下げを続け、最終的には2007年に初期価格の半額以下である16,000円の薄型モデルが登場しました 。
この成功体験は後継機にも受け継がれます。2006年に約6万円という高価格でスタートしたPlayStation 3(PS3)は、2009年に約3万円の薄型モデルが登場したことで販売台数を大きく伸ばしました 。PlayStation 4(PS4)も同様に、2014年に約4万円で発売された後、2016年には約3万円の通称「PS4 Slim」が登場しています 。このように、過去の
ゲーム機価格推移を振り返ると、「待てばより安く、より小さくなったモデルが手に入る」という消費者の期待は、極めて合理的なものだったのです。
なぜ高い?現行ゲーム機が高価な3つの理由
ではなぜ、PS5やXbox Series X|Sは、この長年の常識を覆すことになったのでしょうか。その背景には、無視できない3つの大きな理由が存在します。
理由1:性能の飛躍的向上による製造コストの高騰
現行世代機が高価な最大の理由は、その中身が前世代機とは比較にならないほど高価な部品で構成されている点にあります。4K解像度でのゲームプレイや、現実と見紛うほどの映像表現を可能にするレイトレーシングといった飛躍的な性能向上は、巨大なコストを伴っていました。
特に価格を押し上げたのが、ストレージ技術の刷新です。従来の安価なHDD(ハードディスクドライブ)に代わり、PS5とXboxは超高速な「NVMe SSD」を標準搭載しました 。これによりゲームのロード時間は劇的に短縮されましたが、2020年の発売当時、この性能を持つSSDは非常に高価な部品でした 。
さらに、マシンの心臓部であるCPUとGPUを統合したカスタムAPUも、当時最先端の7nmプロセスという微細な回路で製造されており、製造の難易度とコストが非常に高いものでした 。これらの高性能パーツが発生させる熱を逃がすための冷却機構や、新たなゲーム体験を生む多機能なコントローラーなども、すべて製造コストを押し上げる要因となっています。
その結果、PS5の製造コストは発売当初で1台あたり約450ドルと推定されています 。これは499.99ドルという小売価格から考えると、ハードウェア単体での利益はほとんどない、あるいは赤字であることを意味します。つまり、現行世代機は発売された瞬間から、価格を引き下げるための「のりしろ」が全く存在しなかったのです。
理由2:世界的な経済危機と円安のダブルパンチ
高い初期製造コストという土台に追い打ちをかけたのが、世界的な経済の混乱でした。2020年からのパンデミックは、リモートワークや巣ごもり需要の急増を招き、PCやゲーム機を含むあらゆる電子機器の需要が爆発的に増加しました。その一方で、工場の操業停止や物流の混乱が供給網を寸断し、世界的な半導体不足が発生したのです 。
需要が供給を大幅に上回る状況では、メーカーに価格を引き下げる動機は生まれません。むしろ、作れば作るだけ定価で売れるため、価格を維持することが最も合理的な選択となりました。この歴史的な品不足が、値下げの可能性を完全に封じ込めたのです。
そして、日本市場にとって決定打となったのが、急激な円安の進行です。ゲーム機の部品の多くは海外で生産され、米ドルで取引されます 。PS5が発売された2020年末の為替レートは1ドル約105円でしたが、2022年以降は1ドル140円を超える円安水準となりました 。仮に製造コストが450ドルのままだとすると、円換算では約47,250円から約63,000円へと、15,000円以上もコストが跳ね上がります。これが、日本で
PS5の度重なる値上げが行われた直接的な理由です 。
理由3:ビジネスモデルの変化とゲーム開発費の高騰
最後の理由は、より構造的な変化です。それは、ゲーム業界のビジネスモデルが、ハードを売ることから、継続的なサービスで顧客と繋がり続けることへと大きくシフトした点です。
その象徴が、マイクロソフトの「Xbox Game Pass」やソニーの「PlayStation Plus」といったサブスクリプションサービスです 。月額定額料金で数百ものゲームが遊び放題になるこれらのサービスは、今や両社のビジネスの柱となっています。このモデルでは、ゲーム機本体はもはや利益を生む「製品」ではなく、高収益なサービスへとユーザーを導くための「入口」としての役割を担います。企業にとっての目標は、ハードを一台でも多く売ること以上に、長期間にわたって月額料金を支払い続ける加入者を最大化することにあります。そのため、かつてのようにハードを赤字覚悟で安売りする必要性が薄れたのです。
この変化を後押しするのが、ゲーム開発費の高騰です。現代のAAA(トリプルエー)級と呼ばれる大作ゲームの開発費は、PS4世代からPS5世代にかけてほぼ2倍になったと言われています 。例えば、『Marvel's Spider-Man 2』の総予算は3億ドルを超えたと報じられています 。この高騰した開発費を回収し、消費者に9,000円以上する価格を納得してもらうためには、PS5のような高性能なハードでしか実現できない圧倒的なゲーム体験を提供する必要があります。高価なゲームは高性能なハードを必要とし、高性能なハードはその価値を示すために高価なゲームを必要とする、という相互依存の関係が、ハードとソフト両方の価格を高い水準で維持する力学として働いているのです。
まとめ:10万円のゲーム機が当たり前の時代へ
ここまで見てきたように、現代のゲーム機が高騰しているのは、単一の理由ではなく、技術の進化、世界経済の変動、そしてビジネス戦略の転換という、複数の要因が重なり合った結果です。
- 高性能化による製造コストの根本的な上昇
- 半導体不足や円安といった世界的な経済的ショック
- サブスクリプションを中核とするビジネスモデルへの転換
これらの変化により、「待てば安くなる」というかつての常識は終わりを告げました。2024年に発売されたPS5 Proが約12万円という価格で登場したことは、この新しい現実を象徴しています 。もはやゲーム機は、その物理的な「箱」の価値だけでなく、それを通じてアクセスできるサービスやコンテンツを含めたエコシステム全体で価値が測られる、プレミアムな製品へと変貌を遂げたのです。この高価格化の流れは一時的なものではなく、今後のゲーム業界における「ニューノーマル」と言えるでしょう。
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