石破政権でどう変わる?就職氷河期世代支援の「今」と「これから」
再び注目される就職氷河期世代とその支援
バブル崩壊後の厳しい経済状況の中、1990年代初頭から2000年代初頭にかけて就職活動を行った「就職氷河期世代」。この世代の方々は、今なお不安定な雇用や経済的な困難など、様々な課題に直面しています 。こうした状況に対し、政府による支援の動きが続いていますが、特に石破政権発足以降、この問題への注目が再び高まっています。
この背景には、就職氷河期世代が40代から50代を迎え、老後の生活設計や親の介護といった新たな課題が顕在化しつつあること、そしてこれまでの支援策だけでは十分な効果が得られていないとの認識があると考えられます。本記事では、就職氷河期世代支援の現状、石破政権下で議論されている新たな方針、そして今後の展望について、わかりやすく解説します。
就職氷河期世代とは? 長引く課題を再確認
まず、「就職氷河期世代」がどのような人々を指し、どのような困難を抱えているのかを改めて確認しましょう。厚生労働省の定義によれば、主に平成5年(1993年)から平成16年(2004年)頃に学校卒業期を迎え、就職活動を行った世代が該当します 。2024年時点で、概ね40歳前後から50代前半の方々です 。この世代は「ロスジェネ(ロストジェネレーション)」や「団塊ジュニア」といった呼称でも知られています 。
彼らが直面してきた、そして今なお続く主な課題は深刻です。
- 非正規雇用の割合の高さ:新卒採用が極端に絞られたため、希望する正規の職に就けず、フリーターや派遣社員といった非正規雇用で働くことを余儀なくされた人が多数存在します 。2024年時点でも、約35万人が不本意ながら非正規雇用で働いているとされています 。
- 平均年収の低さ:非正規雇用の多さも影響し、他の世代と比較して平均年収が低い傾向にあります 。
- 生活の不安定さと将来への不安:収入が不安定なため、十分な貯蓄が難しく、老後の生活資金や病気・ケガへの備えに大きな不安を抱えています 。金融資産の保有額が他の世代より少なく、特に単身者の持ち家率が低いことも指摘されています 。
- 「8050問題」との関連:経済的に自立が困難な50代の子どもが、80代の親の年金などに依存して生活する「8050問題」も、この世代が直面する課題の一つとして挙げられます 。
- 社会からの孤立:一部には、長期間仕事に就けず、社会とのつながりが希薄になり、ひきこもり状態に陥ってしまうケースも見られます 。
これらの経済的な問題は、結婚や出産といったライフイベントへのためらいにも繋がり、心理的な負担や社会的な孤立感を深める要因ともなっています 。単に仕事を見つけるというだけでなく、人生設計全体に影響が及んでいるのです。この世代が抱える「失われた」という感覚や、社会から取り残されたという思いは根深く、新たな支援策を講じる上で、こうした感情への配慮も不可欠と言えるでしょう 。
これまでの政府の取り組み:一定の成果と残された課題
政府はこれまでも、就職氷河期世代への支援に取り組んできました。特に2019年からは「就職氷河期世代支援プログラム」が開始され、3年間の集中支援が行われ、その後も延長されています 。
主な支援策としては、ハローワークでの専門窓口の設置、就職氷河期世代を正規雇用した企業への助成金、キャリアアップのためのリカレント教育(学び直し)支援などがありました 。
これらの取り組みにより、一定の成果も見られています。例えば、2019年から2024年の5年間で正規雇用の労働者数は約11万人増加し、不本意な非正規雇用で働いていた人も約11万人減少したと報告されています 。石破首相は、これに加えて正社員から役員へ登用された20万人を合わせ、合計31万人の処遇改善がなされたと述べています 。
しかし、この「31万人の処遇改善」という数字は慎重に読み解く必要があります。役員登用は既に正規雇用として安定した地位にいた層が中心と考えられ、当初目標としていた「正規雇用者30万人増」 という点では、最も支援が必要な非正規雇用や無業状態にある人々の正規化が十分に進んだとは言えない可能性があります。実際、同期間に就職氷河期世代の無業者は3万人増加したとのデータもあり 、依然として多くの方々が困難な状況にあることは、石破首相自身も「今もなお、様々な困難を抱えておられる方々が大勢いらっしゃる」と認めています 。
また、これまでの支援プログラムに対しては、当事者から「ニーズに合っていない」との声も多く聞かれました。ある調査では、約半数近くがそのように感じているという結果も出ています 。これは、画一的な支援策が、個々人の多様な状況や希望に必ずしも対応できていなかった可能性を示唆しています。
石破政権下での新たな動き:支援の「3本柱」とは
石破政権は、就職氷河期世代支援を重要な政策課題と位置づけ、2025年4月25日には、この問題に特化した関係閣僚会議の初会合を開催しました 。この会議で、今後の支援の方向性として、三原じゅん子共生社会担当大臣から以下の「3本柱」が提示され、石破首相もこれに沿って施策の充実・強化を指示しました 。
1. 「就労・処遇改善に向けた支援」
- リスキリング(学び直し)の強化:賃金上昇に繋がるよう、デジタル分野など新たなスキル習得支援を拡充します 。これは、政府が進める「新しい資本主義」における人への投資の一環でもあります 。
- 特定分野での就労拡大:農業、建設業、物流業といった人手不足が深刻な分野での就労を拡大する方針が示されました 。これに対しては、SNSなどを中心に「人手不足業界への斡旋ではないか」「今さらそのような分野を提示されても」といった批判や、中高年となった当事者の適性への懸念の声が上がっています 。当事者からは、自分たちの能力や希望が考慮されず、単に労働力不足を補うための駒として扱われているのではないか、という不信感が透けて見えます。
- 正規雇用化の促進:引き続き、就職氷河期世代を正規雇用する企業への支援や、公務員・教員としての積極的な採用も検討されます 。
- 家族介護との両立支援:親の介護などに直面する世代でもあるため、仕事と介護を両立できるような就労継続支援も拡充されます 。
2. 「社会参加に向けた段階的支援」
- ひきこもり状態にある人など、社会とのつながりが希薄になっている人々への支援を重視します。
- すぐに就労が難しい場合でも、相談支援や居場所づくり、就労準備支援、柔軟な働き方の機会提供などを通じて、段階的に社会との接点を回復し、社会参加を後押しします 。
3. 「高齢期を見据えた支援」(新たな重点項目)
- これが今回の大きな特徴であり、就職氷河期世代が中高年となり、老後の生活が現実的な課題として迫っていることを踏まえた、新たな視点です。
- 資産形成の支援:他の世代に比べて金融資産が少ない傾向にあるため、家計改善や資産形成をサポートする施策が検討されます 。
- 住宅確保の支援:特に単身世帯で持ち家率が低い状況を踏まえ、安定した住まいの確保を支援します 。
この「高齢期を見据えた支援」は、これまで主に就労に焦点が当てられてきた支援策からの重要な転換点と言えます。長年にわたる経済的不安定が老後の困窮に直結する前に、予防的な手を打とうという意図がうかがえ、問題の根深さと長期的な影響を政府が認識し始めた表れとも言えるでしょう。
現在協議されていることと今後の展望:「骨太方針2025」への反映と当事者の声
石破政権下で進められているこれらの支援策の検討結果は、2025年6月を目途に取りまとめられ、政府の経済財政運営の基本方針である「骨太方針2025」に反映される予定です 。これにより、就職氷河期世代支援は、場当たり的な対策ではなく、国の重要な政策課題として継続的に取り組まれることが期待されます。
特に「高齢期を見据えた支援」における資産形成や住宅確保の具体的な内容は、2026年度以降の実施も視野に入れて検討が進められています 。また、個々の状況に合わせた丁寧な「伴走型支援」の継続・拡充や 、より実態に即した支援を行うための詳細な調査、そして支援策を確実に届けるためのプッシュ型の広報強化も計画されています 。
しかし、こうした政府の動きに対し、当事者からは依然として不安や不満の声も聞かれます。老後の生活への具体的な不安、非正規雇用であるが故の育児・介護休業の取りにくさ、そして何よりも「自分たちのニーズに本当に合った支援なのか」という切実な問いかけです 。長年「不公平」を感じてきた世代にとって、政府が示す「成果」と当事者の実感との間には、まだ隔たりがあるようです 。
この信頼の溝を埋め、実効性のある支援を実現するためには、政策決定のプロセスにおいて当事者の声に真摯に耳を傾け、多様なニーズをきめ細かく汲み取ることが不可欠です。
おわりに
石破政権は、就職氷河期世代支援に対し、従来の就労支援に加え、「高齢期を見据えた支援」という新たな柱を立て、より包括的なアプローチで臨もうとしています。これが「骨太方針」に盛り込まれることで、政策としての継続性と実効性が高まることが期待されます。
しかし、長年にわたり困難に直面してきたこの世代の課題は複雑で根深く、一朝一夕に解決できるものではありません。提案されている施策が、本当に当事者の求めるものと合致し、彼らが直面する困難を少しでも和らげることができるのか。そして何よりも、長年抱えてきた不公平感を解消し、将来への希望を持てるような社会を実現できるのか。その真価は、今後の具体的な取り組みと、それによってもたらされる当事者の生活の質の向上によって測られることになるでしょう。
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