なぜ若者は年功序列を選ぶ?Z世代の本音と企業の未来
2025年度の新入社員を対象とした意識調査で、調査開始以来初めて「年功序列」を望む声が「成果主義」を上回りました。これは単なる若者の保守化ではなく、経済の長期停滞や不公平感のある成果主義への不信から生まれた、Z世代の極めて合理的な選択です。彼らが本当に求めているのは、旧来の制度そのものではなく、「予測可能で公正な評価」と「安心して挑戦し、成長できる環境」。本記事では、この歴史的な意識変化の背景を深掘りし、これからの企業が若手人材と共に成長していくために必要な人事制度のあり方を探ります。
衝撃の調査結果!新入社員の半数以上が「年功序列」を支持
36年目にして初の逆転劇
産業能率大学が毎年実施している新入社員の意識調査で、2025年度、歴史的な転換点が訪れました。会社に望む給与・処遇のあり方について、「年功序列」を望む新入社員の割合が56.3%に達し、初めて「成果主義」を望む割合を上回ったのです 。
この結果を、単に「最近の若者は意欲が低い」「安定志向で保守的だ」と片付けてしまうのは早計です 。むしろ、これはZ世代と呼ばれる現代の若者たちが、現代社会の状況を冷静に分析し、自らのキャリアを生き抜くために下した、合理的で洗練された判断の表れと見るべきでしょう。彼らの選択は、過去への単純な回帰ではなく、未来の働き方に対する新しい価値観を企業に突きつけているのです。
では、なぜ彼らは成果に応じた報酬よりも、勤続年数で安定的に昇給する年功序列を望むのでしょうか。その背景には、彼らが育ってきた社会環境と、日本企業が導入してきた「成果主義」が抱える根深い問題が横たわっています。
なぜZ世代は年功序列を選ぶのか?3つの深層心理
Z世代が「年功序列」という言葉に託すのは、旧態依然としたシステムへの憧憬ではありません。その言葉の裏には、「予測可能な安定性」「公正な評価」「心理的安全性」という、現代を生きる彼らにとって切実な3つの願いが込められています。
理由1:予測不能な時代を生き抜くための「安定」への渇望
Z世代は、物心ついた頃から日本経済の「失われた30年」という長期停滞の中にいました 。経済成長を知らず、リーマンショックやコロナ禍といった社会を揺るがす危機を目の当たりにしてきた彼らにとって、「安定」は極めて重要な価値観です 。
ある調査では、Z世代の72.7%が「一つの会社でしっかり長く働きながらスキルアップしたい」と回答しており、その理由として「腰を据えて働くことでちゃんとスキルアップ・キャリアアップができる」という声が最も多く挙がりました 。これは、不安定な環境で場当たり的にキャリアを積むのではなく、安心できる場所で着実に成長したいという前向きな意志の表れです。
また、彼らにとってワークライフバランスは絶対条件であり、8割以上が残業の有無を気にしています 。常に高い成果を求められ、プライベートとの両立が難しい
成果主義よりも、安定的な年功序列の方が、予測可能な生活設計を立てやすいと感じるのは自然なことでしょう 。
理由2:「頑張っても報われない」不公平な成果主義への不信感
若者たちが成果主義そのものを否定しているわけではありません。彼らが拒絶しているのは、多くの日本企業で運用されてきた「不透明で不公平な成果主義」です。
本来、成果主義は公正な評価を実現するための仕組みのはずでした。しかし、実際には評価基準が曖昧で、評価者の主観に左右されるケースが少なくありません 。特に、まだ目に見える成果を出しにくい
新入社員にとっては、「頑張っても正当に評価されないのではないか」という不安が常に付きまといます 。
オンラインゲームなど、ルールとフィードバックが明確な世界に慣れ親しんだZ世代にとって、企業の評価制度の恣意性は到底受け入れられるものではありません。ルールが不透明で不公平に感じられるシステムよりも、たとえ非効率であってもルールが明快な年功序列の方が、彼らにとってはるかに「公正」な制度に映るのです。
理由3:失敗を恐れず挑戦できる「心理的安全性」の希求
Z世代は、決して挑戦意欲が低いわけではありません。最も魅力的な職場環境として約6割が挙げたのは、「仕事はそこそこ大変だが、成長を実感できる環境」でした 。しかし、彼らがその挑戦の場に求めるのは、ハイリスク・ハイリターンな競争環境ではありません。
上司に期待することとして最も多かったのは「実践前にやり方や手順など細かく教えてくれること」であり、逆に最も一緒に働きたくない上司は「常に高い目標を掲げてチームを引っ張る『成果コミットタイプ』」でした 。これは、失敗を過度に責められることなく、安心して学び、挑戦できる「心理的安全性」への強いニーズを示しています 。
手厚いサポートを受けながら着実に成長できる環境を求める彼らにとって、個人の成果を過度に重視し、時に社員同士の過当競争を生む成果主義は、心理的な負担が大きいと感じられるのです 。
企業が陥った「成果主義」の罠
Z世代が成果主義に背を向ける背景には、1990年代以降、多くの日本企業が進めてきた成果主義への移行が、期待された効果を上げるどころか、多くの副作用を生み出してしまったという事実があります。
日本の企業文化とのミスマッチ
日本の伝統的な雇用は、「終身雇用」と「年功序列」がセットになった、長期的な人材育成を前提としたシステムでした 。そこに欧米型の
成果主義を導入しようとしたものの、多くの企業では評価制度の根本的な改革には至らず、実態としては年功的な運用が温存されました 。その結果、両方の制度の悪い部分だけが組み合わさった歪な状態が生まれ、成果主義という言葉自体にネガティブなイメージが定着してしまったのです。
成果主義がもたらした弊害
不完全な形で導入された成果主義は、組織に様々な弊害をもたらしました。
- チームワークの崩壊と人材育成の軽視 個人の成果を過度に重視するあまり、社員同士がライバルとなり、ノウハウの共有が滞るようになりました 。ベテラン社員が後進の指導よりも自身の短期的な成果を優先するため、組織の根幹であるはずの人材育成が疎かになるという本末転倒な事態も起きています 。
- 短期志向とイノベーションの停滞 数値化しやすい短期的な目標達成へのプレッシャーは、リスクを伴う長期的な挑戦をためらわせ、イノベーションの芽を摘むことにつながります 。皮肉なことに、これは年功序列の弊害とされる「事なかれ主義」と同様の、挑戦を避ける文化を組織に生み出しかねません 。
これからの時代の人事制度とは?年功序列と成果主義の先へ
では、企業は年功序列に回帰すべきなのでしょうか。答えはノーです。若手優秀層の離職や人件費の高騰といった年功序列のデメリットも無視できません 。企業が取るべき道は、
年功序列か成果主義かという二者択一ではありません。両者の長所を組み合わせ、Z世代の価値観と共鳴する新しい人事制度を構築することです。
「ハイブリッド型人事制度」という新たな選択肢
その鍵を握るのが、「ジョブ型雇用」の考え方を軸とした「ハイブリッド型人事制度」です。ジョブ型雇用とは、職務(ジョブ)の内容と責任を明確に定義し、その役割の価値に応じて報酬を決める仕組みです。これは、若者が求める「透明性」と「公平性」に直接応えるものです 。
先進的な企業では、純粋なジョブ型ではなく、日本的な「職能型」(個人の能力育成を重視する)の要素を組み合わせたハイブリッドモデルを模索しています 。たとえば、日立製作所では、ジョブの定義を大きなくくりにすることで、専門性を深めつつも他分野へのキャリアチェンジを可能にし、柔軟な人材育成を実現しています 。
事例:七十七銀行が目指す「安心して挑戦できる文化」
七十七銀行は、「ジョブ型+職能型」のハイブリッド人事制度を導入し、「挑戦的な企業文化」の醸成を目指しています 。この改革の核心は、制度設計そのものよりも、管理職の意識改革と対話の文化づくりにあります。全管理職を対象とした研修を実施し、組織全体で1on1ミーティングを導入。上司が部下の「仕事と人生の伴走者」となり、キャリア形成を支援することで、Z世代が求める手厚い指導と心理的安全性を確保し、安心して挑戦できる土壌を育んでいるのです 。
Z世代と共に成長する企業になるための3つのヒント
新入社員の年功序列志向は、企業にとって大きなチャンスです。彼らの声に耳を傾け、人事制度を見直すことで、より強靭で生産性の高い組織を築くことができます。
ヒント1:評価制度の透明性を徹底する
まず取り組むべきは、評価基準の明確化と公開です 。職務内容、評価基準、キャリアパス、給与テーブルを誰もが閲覧できるようにし、評価の曖昧さを徹底的に排除することが、信頼構築の第一歩となります。
ヒント2:対話を通じたキャリア支援を強化する
定期的な1on1ミーティングなどを通じて、上司が部下のキャリアプランに寄り添い、伴走する文化を醸成することが重要です 。そのためには、管理職にコーチングやフィードバックのスキルを習得させるための投資が不可欠です 。
ヒント3:心理的安全性を確保し、挑戦を促す文化を醸成する
失敗を個人の責任として過度に追及するのではなく、組織の学びとして次に活かす文化を作ることが求められます 。従業員が心理的に守られていると感じられる環境こそが、自発的な挑戦とイノベーションを生み出す土壌となるのです。
まとめ
Z世代が発する「年功序列」への回帰とも見えるシグナルは、過去へのノスタルジアではありません。それは、不確実な時代の中で、公平性、透明性、そして心理的安全性を職場に求める、現代的で合理的な叫びです。
この声を真摯に受け止め、安定した基盤の上で公正な評価と挑戦が約束されるハイブリッドな人事制度を構築すること。それこそが、これからの企業が未来を担う若者たちの信頼を勝ち取り、共に成長していくための唯一の道筋と言えるでしょう。
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