「ウチは精鋭部隊」が危険信号。成長しない組織の罠
「少数精鋭だから大丈夫」。そう語る経営者の下で、なぜか組織が停滞し、成長が止まってしまう。この一見矛盾した状況の裏には、一人のスター社員に依存する「エース依存経営」という深刻な病が隠されています。この経営スタイルは、短期的には華々しい成果をもたらすかもしれませんが、長期的には大多数の社員の意欲を削ぎ、イノベーションを阻害し、最終的には事業継続そのものを脅かすリスクを内包しています。この記事では、なぜ経営者がこの罠に陥るのか、その末路はどうなるのかを解き明かし、凡庸と見られがちな大多数の社員こそが企業の最強資産である理由を提示します。そして、一人のスターに頼る脆弱な組織から、全員で成果を出す強靭な「スターのようなチーム」へと変革するための具体的な3つのステップを解説します。
なぜ経営者は「精鋭部隊」という罠にハマるのか
経営者が特定の優秀な社員、いわゆる「エース社員」に依存してしまうのは、決して怠慢だからではありません。むしろ、そこには成功を渇望するリーダー特有の心理的なメカニズムが働いています。
短期的な成功体験という「麻薬」
過去にエース社員の活躍で危機を乗り越えたり、大きな契約を獲得したりした鮮烈な成功体験は、経営者にとって強烈な記憶として残ります。この経験が「確証バイアス」を生み、「やはり成功の鍵はエースだ」という信念を強化し、他の社員の貢献やエース依存のリスクといった不都合な情報から目を背けさせてしまうのです [1, 2]。
「できる人に任せる」という思考停止
経営者は日々、無数の意思決定に迫られ、精神的に疲弊しています。結果を早く出したいという焦りも常に付きまといます。このような極度のストレス下では、複雑な問題を単純化して捉えたいという心理が働きます。「できる人に任せる」という判断は、誰をどう育てるかという複雑な問いを避けられる、最も分かりやすく確実に見える選択肢なのです。この思考停止が、無意識のうちにエース社員への依存を深めていきます。
損失を避けたい経営者の本能
行動経済学の「プロスペクト理論」によれば、人は利益を得る喜びよりも、損失を被る苦痛を2倍以上強く感じると言われています。経営者にとって、実績のない社員に任せて失敗する「損失」のリスクは、組織全体の能力が底上げされるという長期的な「利益」よりも遥かに重く感じられます。結果として、最も安全に見える「今回もエースに任せる」という損失回避の判断に傾いてしまうのです。
エース依存が招く3つの経営危機
「優秀なエースか、それ以外か」という二元論的な組織マネジメントは、気づかぬうちに会社を蝕み、深刻な経営危機を招きます。
危機1:大多数の社員が静かに辞めていく
組織の大部分を占めるのは、スーパスターではない「普通の優秀な社員」たちです。挑戦的な仕事がすべてエースに集中し、自分たちの貢献が正当に評価されない環境では、彼らのエンゲージメントは徐々に失われます。これは「サイレント離職」と呼ばれ、職務を最低限こなすだけの状態を経て、最終的には静かに会社を去っていく現象です。会議での発言が減り、職場に活気がなくなってきたら、それはすでに危険信号が灯っている証拠かもしれません。
危機2:エース退職で事業が停止するリスク
エースへの過度な依存は、業務が特定の個人にしか遂行できない「属人化」を極限まで進めます。これは、その個人を組織の「単一障害点(Single Point of Failure)」、つまり、その一点が機能しなくなるとシステム全体が停止してしまう致命的な弱点に変えてしまうことを意味します。もしそのエースが突然退職すれば、進行中のプロジェクトは停滞し、顧客は離れ、最悪の場合、売上が30%減少し倒産の一因となるケースすら報告されています。属人化のリスクは、もはや理論上の話ではなく、現実的な経営危機なのです。
危機3:協力ではなく嫉妬が生まれる組織文化
一部の人間だけが評価される環境は、社員間の健全な競争ではなく、嫉妬や足の引っ張り合いを生む温床となります。協力して大きな成果を目指すのではなく、他者を蹴落とすことが自分の評価を上げるための近道だと認識されてしまうからです。このような心理的安全性が欠如した組織では、新しいアイデアへの挑戦は生まれず、イノベーションの芽は確実に摘み取られてしまいます。
会社の最強資産は「普通の社員」である理由
多くの経営者がエースの獲得に奔走する一方で、組織の真の強さの源泉を見過ごしています。それは、大多数を占める「普通の社員」たちです。彼らこそが、持続的な成長を可能にする最強の資産なのです。
組織の安定性を担保する「土台」
組織は「上位2割の優秀な人材」「中位6割の平均的な人材」「下位2割の貢献度が低い人材」で構成されるという「2-6-2の法則」があります。企業の日常業務を滞りなく回し、組織全体の安定性を担保しているのは、まさにこの中位6割の「普通の社員」たちです [26]。彼らが自発的に同僚を助け、ルールを守るといった「組織市民行動」こそが、組織の潤滑油として機能し、チームワークと生産性を高めているのです。
イノベーションの「種」は現場にある
画期的なイノベーションは、顧客の不満や業務の非効率性を肌で感じている現場の社員たちの「小さな気づき」から生まれることが少なくありません。かつて赤字に苦しんだブックオフは、現場のアルバイトに売り場のレイアウトを任せるボトムアップ型に転換し、V字回復を遂げました。また、ある製造業では、営業担当者の「もっと楽にしたい」という思いから導入されたツールが、会社に大きな利益をもたらしました。「普通の社員」の声に耳を傾ける仕組みがなければ、企業は貴重な成長機会を失うことになります。
未来のエースを育てる「土壌」
今日「普通」と見なされている社員は、明日、会社を支えるエースになり得る存在です。しかし、それは組織という「土壌」が、彼らの成長に必要な挑戦の機会や学びの環境を提供して初めて可能になります。トヨタ自動車の「ものづくりは人づくり」という理念や、ソニーが長年続ける「社内募集制度」は、全社員のポテンシャルを開花させる「土壌」作りの重要性を示しています。
「スターなチーム」へ進化する3つのステップ
一人のスターに依存する脆弱な組織から、全員が輝く「スターなチーム」へと進化するためには、評価、機会、仕事の進め方という3つの変革が不可欠です。
ステップ1:評価のモノサシを「チーム貢献」に変える
組織は、評価されるものに適応します。個人の成果だけでなく、チームへの貢献を正当に評価する仕組みが必要です。人事評価に「協調性」や「後輩育成」といった項目を明確に組み込み、相応のウェイトを置きましょう。また、上司だけでなく同僚や部下からもフィードバックを得る「360度評価」や、社員同士が日々の感謝をボーナスとして送り合える「ピアボーナス制度」の導入も有効です。これにより、会社が何を価値ある行動と見なすかを示し、協力し合う文化を醸成します。
ステップ2:挑戦の機会を意図的に「分配」する
人の成長は挑戦によってもたらされます。すべての挑戦的な機会をエースに集中させるのではなく、意図的に「分配」することが組織全体の成長を促します。経営者は「安全策」としてエースに仕事を振りたい衝動を抑え、これまで機会に恵まれなかった社員に責任ある役割を任せる勇気を持つべきです。彼らの能力を少し上回る「ストレッチ目標」を与えることは、会社が彼らの成長に投資しているという明確なメッセージとなります。
ステップ3:個人の才能に頼らない「仕組み」を作る
成功の源泉を、個人の才能や経験といった属人的な要素から、誰がやっても一定の質を担保できる「仕組み」へと移行させます。エースの頭の中にあるノウハウをマニュアル化し、組織の共有財産に変えることが、属人化リスクに対する最も強力な処方箋です。無印良品が常に現場からのフィードバックで更新し続けるマニュアル「MUJIGRAM」や、トヨタ生産方式は、仕組みによって普通の従業員が非凡な成果を生み出すことを可能にした好例です。
まとめ:目指すべきは「スターのようなチーム」
経営者が今、選択すべき道は明確です。一人の「スーパーマン」にすべてを託し、その人物が去れば崩壊する脆弱な組織であり続けるのか。それとも、多様な強みを持つ人材が集い、互いに支え合う「アベンジャーズ」のようなチームを目指すのか。
真のリーダーシップとは、一人のスター選手を操ることではなく、多様な人材がそれぞれの能力を最大限に発揮できる「システム」と「文化」を設計することにあります。鉄鋼王アンドリュー・カーネギーは「チームワークとは、凡人が非凡な結果を達成するための燃料である」と語りました。
目指すべきは「スター選手のいるチーム」ではありません。全員が輝き、組織全体として卓越した成果を出す「スターのようなチーム」です。それこそが、予測不可能な時代を生き抜き、持続的な成長を遂げるための唯一の道なのです。
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