忘年会の「無礼講」はどこまで?法的リスクと上司・部下の境界線
復活する忘年会と「無礼講」の落とし穴
2024年の年末から2025年にかけて、数年続いた自粛ムードが明け、対面での忘年会が本格的に復活しようとしています。調査によると開催率は約7割に達すると予測されており、久しぶりの「杯を交わす場」に期待を寄せる人も少なくありません。
しかし、そこで聞こえてくる「今日は無礼講だ!」という上司の言葉を、額面通りに受け取ってよいものでしょうか。あるいは、上司自身がその言葉を「何をしても許される魔法の言葉」だと勘違いしてはいないでしょうか。
本来、神事における「直会(なおらい)」を起源とする「無礼講」は、身分や堅苦しい儀礼を取り払い、心を割って親睦を深めるための作法でした。しかし現代社会、特にコンプライアンスが重視される令和のビジネスシーンにおいて、その定義は大きく変容しています。
「酒の席だから」という言い訳は、もはや法廷でも社内の懲戒委員会でも通用しません。楽しいはずの宴席が一転、キャリアを失う「地雷原」とならないために。今回は無礼講の現代的な解釈と、そこに潜む法的リスク、そして上司と部下が守るべき境界線について徹底解説します。
法律・コンプラ的に見る「無礼講」の限界
「無礼講」と宣言されたとしても、日本の法律が一時停止するわけではありません。むしろ、アルコールが入ることで理性が緩み、普段なら踏みとどまる一線を超えてしまうリスクが高まります。ここでは、法的な観点から許されないラインを明確にします。
「酒の席だから」は通用しない。名誉毀損や侮辱罪になる発言
「酔っていて覚えていない」
ドラマや昭和のサラリーマン社会ではよく聞かれた弁明ですが、刑事責任や民事責任を問う場面において、酩酊状態は必ずしも免責事由にはなりません。むしろ、自ら酒を飲んで招いた結果として、厳しい責任を問われることが一般的です。
特に注意が必要なのが、刑法上の犯罪構成要件を満たす暴言です。
- 名誉毀損罪(刑法230条): 「〇〇課長は裏金を貰っている」「あいつは不倫している」など、具体的な事実(真実か否かを問わず)を公然と摘示し、相手の社会的評価を下げる行為です。居酒屋や宴会場は「公然」の場であり、同僚や店員が聞いている状況であれば成立する可能性があります。
- 侮辱罪(刑法231条): 事実を摘示しなくても、「バカ」「給料泥棒」「生きている価値がない」といった抽象的な罵倒を行うことで成立します。近年、侮辱罪は厳罰化され、懲役刑も導入されました。「愛のあるイジり」のつもりでも、受け手が侮辱と感じ、客観的に名誉感情を害するものであれば、それは犯罪になり得ます。
これらは刑事罰だけでなく、民事上の不法行為(民法709条)として慰謝料請求の対象にもなります。「無礼講」の宣言は、これらの法的責任を免除する私法上の契約としては無効であると考えるべきです。
翌日の業務に支障が出たらアウト?就業規則との兼ね合い
「昨日は盛り上がりすぎたから」といって、翌日に遅刻したり、二日酔いで使い物にならなかったりすることは許されるのでしょうか。
労働契約において、従業員は「心身ともに健康な状態で、完全な労務を提供する義務」を負っています。二日酔いによるパフォーマンスの著しい低下は、法的には「債務不履行」にあたります。
単発の二日酔いであれば口頭注意で済むことが多いですが、これが常習化していたり、重要な商談をすっぽかして会社に損害を与えたりした場合は、就業規則に基づく懲戒処分の対象となります。過去の判例でも、酒席での振る舞いや、それに続く勤務態度の不良を理由とした解雇や降格処分について、会社の判断を支持するケースが存在します。
「無礼講」はあくまで宴席のマナーの話であり、翌日の業務免除手形ではないことを肝に銘じる必要があります。
上司がやりがちなNG行動(パワハラ・アルハラ)
管理職やリーダー層にとって、忘年会はチームビルディングの絶好の機会です。しかし、一歩間違えればハラスメントの加害者としてレッテルを貼られるリスクも孕んでいます。
「飲めない」部下への強要とお酌の強要
「俺の酒が飲めないのか」
この古典的なフレーズは、現代では「アルコール・ハラスメント(アルハラ)」の教科書的な事例として扱われます。アサヒグループホールディングスや厚生労働省などの定義によれば、飲酒の強要だけでなく、以下の行為もアルハラに含まれます。
- イッキ飲ませ(傷害罪や過失致死傷罪のリスクあり)
- 意図的に酔いつぶすこと
- 飲めない人への配慮を欠くこと(ソフトドリンクを用意しない、嘲笑する)
- 酔った上での迷惑行為
また、部下に対して「お酌」を強要することも、現代の価値観ではパワーハラスメント(パワハラ)とみなされる可能性が高いです。かつては「気の利く部下」の条件でしたが、業務とは無関係の私的な奉仕を強いることは、優越的な関係を利用した不適切な行為です。令和の忘年会では「手酌」を基本とし、部下のグラスが空いていても過剰に反応しないことが、スマートな上司の条件と言えるでしょう。
2025年のトレンドとして、あえてお酒を飲まない「ソバーキュリアス」という生き方が定着しつつあります。ノンアルコールドリンクの充実は、幹事や上司が配慮すべき必須項目です。
説教モード突入はパワハラ認定の最短ルート
アルコールが入ると、前頭葉の抑制機能が低下し、普段言えない本音が漏れやすくなります。上司にとっての「熱い指導」や「教育」が、部下にとっては「逃げ場のない密室での長時間拘束」というパワハラ地獄に変わる瞬間です。
厚生労働省の定義するパワハラの要件には「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」という項目があります。酒席という業務外の時間・空間で、他の従業員がいる前で、長時間にわたり特定の部下を叱責し続ける行為は、明らかに「相当な範囲」を逸脱しています。
「お前のためを思って」という枕詞は、法的リスクの前では無力です。指導が必要な場合は、シラフの状態で、プライバシーが守られた会議室で行うのが鉄則。酒の力を借りなければ指導ができないこと自体が、マネジメント能力の欠如を露呈していると自覚しましょう。
部下が気をつけるべき「逆ハラ」とマナー
ハラスメントのリスクは上司だけにあるわけではありません。「ハラスメント」という言葉を盾にした部下による攻撃、いわゆる「逆ハラスメント」や、デジタルネイティブ世代特有のトラブルも急増しています。
スマホばかりいじる、無断撮影してSNSにアップするリスク
Z世代を中心とした若手社員にとって、体験をシェアすることは日常的な行為です。しかし、会社の忘年会はプライベートな友人との飲み会とは異なります。
- 肖像権とプライバシー権の侵害: 上司や同僚が酔っ払って赤くなっている顔や、羽目を外している姿を無断で撮影し、SNS(InstagramのストーリーやTikTok、Xなど)に投稿する行為は、民事上の不法行為(肖像権侵害、プライバシー権侵害)にあたり、損害賠償を請求される可能性があります。
- 名誉毀損と信用毀損: 「うちの上司、マジでキモい」「この会社ブラックすぎw」といったコメントと共に投稿すれば、名誉毀損罪や侮辱罪に問われるだけでなく、会社の社会的信用を傷つけたとして、懲戒解雇を含む厳しい処分が下されるリスクがあります。「鍵垢(非公開アカウント)だから大丈夫」という考えは捨ててください。スクリーンショットによる流出(デジタルタトゥー)は防げません。
- 職務専念義務違反: もしその忘年会が業務時間内(納会など)に行われている場合、スマホゲームやSNSに没頭する行為は「職務専念義務違反」となります。
また、上司が話しかけてもスマホを見続けて無視する、集団で上司を孤立させるといった行為は、「逆パワハラ」として認定される要件(優越的関係の悪用、環境の悪化)を満たす可能性があります。ITスキルや「ハラスメント知識」において部下が優位に立ち、それを武器に上司を精神的に追い詰めることは、決して許されることではありません。
まとめ:楽しいお酒にするために
2025年を目前に控え、忘年会のスタイルも進化しています。ハーブやスパイスを使った「アロマ鍋」を囲んで体験を共有したり、質の高いノンアルコールドリンクで乾杯したりと、アルコールに依存しない親睦の形が模索されています。
令和の忘年会における「無礼講」とは、無法地帯を許可する言葉ではありません。「職位という鎧を一時的に脱ぎ、人間としての節度ある対話を楽しむための約束」です。
- 上司側: 「説教厳禁」「お酌・飲酒の強要禁止」を徹底し、聞き役に徹する。
- 部下側: 「無断撮影・SNS投稿禁止」を守り、組織人としての最低限の礼節を保つ。
この「親睦」と「節度」のバランス感覚こそが、法的リスクを回避し、翌日からの信頼関係を強固にするための唯一の解であり、現代のビジネスパーソンに求められる必須のスキルなのです。
まだコメントはありません。最初のコメントを書いてみませんか?
コメントを投稿するには、ログインする必要があります。