『大丈夫』がつらい—— うつ病の前兆と"寄り添い"の難しさ
これは私の体験ですが、
同じように気づかないうちに心が疲れている人や、
身近な人の変化に気づいた時に
どう接したらよいか悩んでいる人の参考になればと思います。
最初の異変
うつ病の診断を受ける前、
看護師として病棟を巡回している最中に、
突然何かが体に降りてきたような感覚を覚えました。
理由もなく、誰かに叱られたような重苦しい気持ち。
別の日、
同僚から「大丈夫?何かあった?」と声をかけられ、
戸惑いながら「え?」と返すと、
「今日、ずっと笑顔がないよ」と指摘されました。
自分では全く気づいていませんでしたが、
言われてみて初めて、
またあの「叱られたような気持ち」になっていたことに気づきました。
寄り添ってほしかった、その思いの裏切り
この体験を友人に話したところ、
「年だって~。気にすんな。その内治る、大丈夫だって!」と
励まされました。
しかし、この反応に深く失望しました。
「ああ、この人、友達だと思っていたのに、
私のことを軽く見ているんだな。
全然分かってくれていない」という思いが湧き上がりました。
症状は毎日ではなかったため、
しばらく様子を見ていましたが、
不定期に理由もなく気持ちが沈む状態は続きました。
何度か同じ友人に話しましたが、
返ってくるのは「大丈夫だって!」の一言。
この言葉が心に刺さり、
あまりにもがっかりして、
もうこの人には話すのをやめようと決めました。
診断がついてから見えた違い
後にこれらがうつ病の症状だったと判明しました。
診断がついてから、
その友人の態度は変わりましたが、
診断前の対応の記憶は今も心に残っています。
一方で、他の友人たちは
「そうなんだね...つらいね」
「何でだろうね...」と
寄り添ってくれていました。
「大丈夫」という言葉の重み
今でも「大丈夫だって!」という言葉が心に残っています。
例えば、
何かの試合で「頑張って練習してきたから、大丈夫だって!」という
励ましには根拠があります。
努力という裏付けがあるからこそ、その「大丈夫」は意味を持ちます。
しかし、
あの友人の「大丈夫」には何の根拠もありません。
まるで人ごとのような冷たさを感じ、
さらに落ち込むことになりました。
苦しんでいる人に寄り添うということは、
答えを急いで与えることではありません。
ただそこにいて、話を聞いてくれることなのかもしれません。
私はこの経験から、
軽々しく「大丈夫だって!」と言わないことにしています。
もし誰かが「つらい」と言ってきたら、
まずは「そうなんだね」と受け止めてあげてください。
それだけで救われる人が必ずいます。
あなたはどう感じましたか?
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