8年間不登校でも大丈夫だった話
はじめに
「勉強が嫌い」 息子が小2から学校を拒否し続けた理由です。
いじめはない、友達もいる、元気に遊んでいる。なのに学校には行けない。
働く私は、朝、泣く息子を車に乗せて学校まで送る日々。
職場に連絡するたびに感じる申し訳なさ。
また休みます、また遅刻します。同僚への罪悪感。
ある日は車から降りずに動かない。
ある日は先生に腕を掴まれて「お母さん!見捨てないで〜!」と泣き叫ぶ。
夜中の2時に「明日…学校...行きたくない…」と泣きながら、
毎晩眠ってる私の所に来る。
本人も行かなきゃとわかっているけれど、朝が近づくにつれ
不安になっていく。

世間体も気になる私。でも本当は無理に行かせたくないのが本心。
時には、仮病を使って学校を休ませたり...。
そんな葛藤の日々が、8年間続きました。
でも今、
その勉強嫌いの息子は専門学校に通い、推薦で就職も決まりました。
しくじりながら、
悪戦苦闘しながらも、息子を信じ続けることはできました。
これは、私が育てた不登校児の話です。
息子について…
うちは4人兄弟。不登校の息子は3番目で、上に兄と姉、下に弟がいます。
幼少期の息子は、とにかく活発で運動神経が良くて、足が速い子でした。
でもね、買い物に行くと優柔不断。オヤツ1つ選ぶのにと~っても時間が
かかるんです。
親からすると「早く決めてくれ~~」って思うんですけど、
本人は「決められた金額で、いかに良い買い物をするか」を真剣に
考えていたそうなんです。
今思えば、小さい時から慎重な性格だったんですね。
(20歳の今、石橋を叩いて渡る感じです😅)
姉の影響が強くて、ピンク色が大好き。
イベントでスタッフさんが男の子だからと、青い風船をくれると、
「ピンクが良かった〜〜😭」って号泣。
神社のお祭りでは、輪投げで欲しいものが取れないと、号泣。
その場から離れなくて、出店のおじちゃんも、苦笑い💧
だから毎年、行く前に約束してました。

・「ゲームで欲しいものが当たらなくても、泣かないこと」
・「お店は混雑して危ないから、買い物に時間をかけすぎないこと」
小1の初めての運動会。リレーで次の人にバトンを渡しますよね。
1年生はバトンが、棒ではなくて、丸い蛍光灯、天使の輪?の形なんです。
そして、やらかしたんです...。
息子はバトンを受け取ると、頭の上に乗せて走り出したんです!😱
まさに天使の輪!

手で押さえてる訳でもないから、クラスの皆も先生も親も、
ビックリヒヤヒヤで、何してるんだ状態!
周囲からは笑い声、本人は真剣。
無事に次の子へバトンは渡されたけど...💧
息子を例えるなら、サザエさんのカツオ君か、クレヨンしんちゃんって
感じの活発な子でした。
保育園時代〜基礎を学んだ6年間
息子は0歳から6年間、昔ながらの子育て重視の保育園に通いました。
この保育園、正直言うと、親には厳しかったですね...。
態度じゃなく、求めることが。
- 食事:添加物の入らないもの。ファーストフード禁止
- 衣類:キャラクター禁止。質素なもの。乳児は布おむつ、ハイハイの時期は布パンツ(排尿のたびに全部汚れて、1日で1週間分の洗濯物になるんです)。洗濯物の量で発狂しそうになりました。
- 髪型:短髪(女児は髪を結ってのリボンも禁止。納得いかない親は、揉めたりもしてましたね)
- テレビ:食事中は見せない。家事の間も、テレビに子守をさせないで
上の2人の子育て中、私は毎日テレビに子守をさせていました。
でもある日、テレビをつけずに過ごそうとしたら、
子どもに「何して遊べばいいの?」って聞かれて、ショック!

自分の子ども時代を思い返すと、
子どもって何を使っても遊びを作り出せるものだと思っていたから、
うちの子たちにそういう発想がないことに驚きました...。
テレビなしを少し続けたら、自分たちで「遊び」を考え始めました。
下の子2人は、その経験から、テレビ時間を決めて育てました。
すると、紙パンツを被ってヒーローマスクにしたり、
段ボールや厚紙を使って武器を作ったり、すごく上手に工作していて驚きました。
テレビの影響力を、本当に実感しました。
保育園で学んだこと
この保育園では、勉強は一切教えませんでした。
先生曰く、
「字を早く覚えた子どもの絵は、スタンプを押したように同じ絵しか
描かなくなる。
小学校に入学したとき、勉強に集中・吸収する力がつくようになる」
とのこと。
ただ、小学校から「入学前に名前だけは書けるように」と言われたので、
ひらがなで名前だけ教えました。
大丈夫かな、と不安でしたが、
4人とも小学校で勉強に遅れることはありませんでした。
保育園では、山を持っていて、子どもたちは山菜採りをしたり、
虫を観察したり、畑作業もしていました。
自分たちで大根や芋を植えて、収穫して、焚き火で焼き芋を食べたり、
包丁で大根を薄く切って干し大根を作ったり。山の果実でジャムにしたり。
生活の基礎を学んだ、大切な時期だったと思います。
仕事をしている親にとっては、注文の多い保育園で、正直大変でした。
でも今思えば、良い点もたくさんあったんですよ。
結果的に、4人で16年間通ったことになります、長かったな~~😭
「大好きだよ」とハグ
保育園の先生や職場のベテランから「◯◯大好きだよ」と言葉で伝える事、保育園のお迎えで、ハグすることを教えてもらいました。
ちょうど、不登校の息子が3~4才くらいの時だったので、実践してみました。

たまたま私が、海外ドラマで家族みんなが「愛してるよ」と
ハグしているのを見てたので、これを試せば家族を大事にする大人に
成長するかも、と期待もあったんです。
日本には無い風習ですよね。
毎日欠かさず続けたら、下の息子2人には日常になって、息子たちからも「お母さん大好き〜」と言ってハグしてくるようになりました。
ただね、これが思春期でも続き、このままマザコンになるのでは!と
不安もありましたが、本人が愛情を求めてくる間は受け入れて、
続けようと決めました。
小学校時代〜登校渋りの始まり
ピカピカの1年生♪
すべてが初めてということもあって、毎日元気に登校していました。
名前しか書けないままの入学で、心配してましたが、勉強に遅れることはなく、
安心しました。

ただ、息子にはあるこだわりがありました。
「土日は学校が休みなのに、なんで家でも勉強するの?おかしいよ。」と
宿題のことを話すんです。
そして、親の私たちにも
「今日(土日祝)は休む日なんだから、みんな(全国民)休むべきだ!」と。
もちろん遊びに出かける日は別です。
そうきたか〜、おもしろい発想だなと思いました。
子育てしてきて、初めての質問でしたね。

私から
「大人がみんな休日に休むと、お店も全部休みになって、買い物も
できないし、外食もできないんだよ。電気も消えて、テレビも
見れなくなるんだよ」と、オーバーに説明してみました😅
息子は「そっか〜😧」と一応納得した様子。
でも、「休日は休む、何もしない」という考えは、今でも変わってなくて、自分の学校やバイトが休みの日は、ほぼ一日中寝てますけどね😅
小学2年生〜問題の始まり
小2になったとき、登校渋りが出てきました。
理由は「勉強が嫌い」
正直、こんな理由で休むなんて、ただの怠け者じゃないか?と思いました。
友達もいて、元気に遊んで、いじめもないのに、休みたいって…。
最初は月に1〜2回休む程度だったので、私も、学校には腹痛でとか、
お熱があってとか、仮病を使っていましたが、
だんだん行きたくない日が増えてくると、休み癖がつくのでは?と、
かなり私の中でも葛藤がありましたね...。
ただの甘やかしになるんじゃないかとも思い、判断が難しい所でした。
一応休んだ日はルールを決めていました。
・お手伝いと宿題はやること
・ゲームやテレビは決めた時間だけ
意外と素直に応じてくれて、問題行動もなく過ごしてました。
ただこのままどうなるんだろう、と不安もありました。
学校への送り届け
行きたくない日が続くと、担任から
「とにかく、車ででも連れてきてください」と言われるようになりました。
学校に着いたら、職員室の先生を呼んで迎えに来てもらい、息子を説得。
息子は泣きながら渋々校内へ。
校内に入ると、最初は職員室で教頭先生が息子の話をじっくり聞いて、
それから教室に行くという流れでした。
教頭先生は「まず、自分とY君との信頼関係を築きたい」とのことで、
このパターンを続けました。

でも、いろんな日がありました。
- イヤだと泣いて車から絶対降りない日
- 車から降りてすぐ「イヤだ、行かない!」と叫びながら、走って家に帰る日
- 先生に腕を捕まれた状態で「お母さん!見捨てないで〜〜!!」と泣き叫ぶ日(その姿を見ると「これでいいのかな…」と、切なくなりました。)
慣れてきた教頭先生が家に来て、息子をかついで、ランドセルを持って、
小学校に連れて行ったこともあります。
息子が休むということは、私も仕事を休まなければなりません。
職場に迷惑もかかるし…罪悪感。
良いときは毎日登校してたので、波がある感じでしたね。
その違いは何なのか、本人に聞いても、自分でもよくわからないと話していました。謎のままです。
小学4年生〜弟と一緒に
小4になった時、末っ子が1年生になりました。
そうなると、必然的に一緒に学校に行かなければなりません。
弟を学校に連れて行く、という使命感があったのか、
この1年間はなんとか登校できていました。
私はこのまま小学校後半を過ごしてくれたら...と淡い期待をしていました。
高学年、思春期だけど
高学年でも行き渋りはあって、腹痛を訴えるようにもなりました。
念のため、病院へも行きました。
医師は「ずる休みじゃないよ、お母さん」と話し、薬を処方されました。
自家中毒ではありません。
実際、今20歳になった息子は、胃腸は弱い方です💧
この頃は大人と同じように会話もできたので、
「休ませるけど、怠けさせないよ。やるべきこと(約束)はやるんだよ」と
伝えると、反抗することもなく、素直に応じていました。
思春期でしたが、親子仲は良かったので、特に反抗も見られず、
買い物も一緒に行って、家事も一緒にやっていました。嬉しそうでしたね。
息子に「学校休めて嬉しいんでしょ?」と聞くと、「うん♪」と笑顔。
そんなに家にいるのがいいのか...わかるけど...でもね...。
小学6年生〜運動会でまさかの...
小学校はずっと、休む日も多かったのですが、小6の春の運動会。
なぜか応援団の団長になりました...。団長って運動会の大役なんですよ?
「え?なんで?」ですよね。学校にほぼ行ってなかったのに...。

すご〜く不思議に思って、
本人に聞くと「どうしても団長がやりたかった」とのこと。
特別な理由は何も無かったんですけどね。
他にもやりたいという男子がいたらしいのですが、その子に手を合わせて
「お願い!お願い!やらせて!」と懇願したらしいんですよ。
で、そこまで言うなら...と、譲ってくれたそうです。
譲ってくれた子には、ホント申し訳ない気持ちと、ありがとうごめんね😭
という気持ちでいっぱいです...。
この話を聞いて、
「ちゃんと学校行ってないのに、よくそんなこと言えたよね…」と
ついポロッと口に出してしまいました💧
息子は「だってどうしてもやりたかったんだもん!」と。
なので「せっかく譲ってもらったんだから、そのぶん学校に行かないとね」と
ちょっと釘を刺しておきました。
息子は「わかってるって♪」と満面の笑み。
確かに、1学期はずっと登校できました。しかし...夏休み明け、また渋り出しました。
それでも以前より休みは減りました。卒業年だし、修学旅行もあるし、
行事も多いので、本人なりにも自覚があったのかと思います。
だんだん、休まなくなり、このまま無事卒業して中学へ...と期待してました。
中学校時代〜ここが一番辛かった
中学1年生〜厳しい担任
中学が始まると、また学校渋りが始まりました。担任は厳しい女性の先生。
息子はカツオ君から、いつしかおとなしい男子に変わっていました。
小学校の時と同じように、車で学校へ。職員室に連絡して、その時間にいる先生が
迎えに来て、まず別室へ。落ち着いたら教室へ、という流れでした。
でも、だんだんひどくなっていきました。
私と別室へ行っても、うつむいて涙を流す息子。
それを見た担任は「嘘泣きしてるし…」と嫌な顔で小声で話していて、
感じ悪~~いと思って見てました。
車から降りても、車の横に立ったまま動かない日もありました。
足に力を入れて、じっとして動かない。
担任の先生はなんとしてでも休ませたくない感じだったし、
私も学校に対する親としての姿勢や世間体もあって、
強引に息子を校内に誘導したこともありました。
息子を登校するように説得している時間も、職場に連絡し、有給を使っていました。
毎日のように職場に迷惑をかけているということで、
ものすごく罪悪感がありました。
そのことも含め、現状を息子に伝えながら怒鳴ったこともありました...。
ひどい母です。
出勤しなければならない、でも学校の駐車場に一人置き去りにもできない。
玄関まで行かず動かない息子に、イライラはつのるばかり...。
私はこういう毎日にホント疲れ果てていました...。

校庭を走り去る
ある日、息子が別室に入ったものの、
先生がいない隙に窓から抜け出して行ってしまったと、
学校から職場に電話がありました。
先生は息子が校庭を横切るのを見かけたけれど、声をかけるには
遅かったと。そのため家に帰っているか確認してほしいとのこと。
私は職場にまた迷惑をかけてしまった...と感じながら帰宅しました。
家にはちゃんと脱走犯がいました。
理由は「学校にいたくなかった」でした。
そこまでして、いたくなかったのか...。
友達とは仲良くやっているのにな...と思う日々。
本音と世間体の狭間で
正直なところ、私は学校に行きたくないなら休んでもいいと思っていました。
これまでの小学校時代を見てきたので、悪いことはしないという
信じる気持ちがあったから。
夫も「行きたくないなら休めば良い」という考え。
ただ、中学生なので、気になったのは高校のことです。
私立に行かせる余裕がないので、公立になんとか入ってほしかったんです。
(親の都合ですよね💧)
不登校で勉強が遅れてしまうのがとても不安でした。
そして、担任の目もあったので、強引に息子を学校に連れて行っていました。
深夜の涙
そんなある日から、
夜中の2〜3時に、泣きながら寝ている私のところに来るようになりました。
「明日…学校行きたくない…」涙をボロボロ流しています。
「そっか、学校に行きたくないんだね。わかった。明日休んでもいいよ。
朝、学校に電話するから、心配しないで寝なさい」と
息子の背中をさすりながら伝えました。

「ごめんなさい…」と泣きながら息子は自分の部屋に戻っていきました。
次の日もその次の日も、それが続きました。
平日は私も日勤で、毎日夜中に起こされて、なぐさめ、
寝不足状態で出勤してました。
正直、心身共にキツかったのを覚えてます。
これまでの私の行動を改め、
とにかく息子を受け止めよう、安心させて守ろうと決めました。
中学2年生〜救いの神様
中2になって、担任が交代し、男性の先生になりました。

その先生は言いました。
「Yが行きたくないなら、行きたいと思うまで待つ。強制はしない。
教室に来なくても、別室登校でもいい。ただ、休むとき、別室登校するときは、
朝に自分で学校に電話しろよ」
それは、ずっと聞きたかった言葉でした。
救われたと思いました。心が軽くなりました。
もう無理に行かせなくても良くなったと、心からホッとしました。
小学校の時は、初めての我が子の不登校だったし、先生の意向もあって
無理に連れて行き、そして、中1の時も私が世間体を気にして、
強引な行動をとっていたけれど、本心は無理に行かせたくなかった...。
それが今、やっとできる!と思いました。
息子も先生の言葉に安心したと思います。
夜中に泣きながら来ることも無くなり、自分で朝に「今日はこうします」と
学校にTELしていました。
休んだり、午後からの登校は、中3まで続きましたが、本人なりに
別室登校したり、頑張っていました。
休んだ日は、宿題を済ませ、家事をしてくれていました。
彼なりの誠意だったと思います。
お互いに、気持ちが楽になり、生活もいつもより明るくなったと思います。
高校受験〜定時制高校という選択
高校は、午後から登校できる定時制高校を選びました。
正直、友達と同じ高校を希望してましたが、学力が予想通り伴わず、断念。
定時制高校ですが、普通に受験するので、学力と登校日数が気になるところでは
ありました...。
三者面談での現実
三者面談で、先生から告げられました。
「定時制高校とはいえ、学力的に厳しいから、頑張りが必要だね。
そして、登校日数が不足してるから、高校の校長先生宛に、
登校しなかった理由を書いた手紙が必要ですね」
なんと!手紙を書く?聞いてないよ~~😭
学力については、予想していたけれど、手紙については初耳で、
さらには息子本人だけでなく、親も書かなければならないという...😱
作文が苦手な私は、もう笑うしかありません😆
塾の話と息子の本音
その三者面談の帰り道、「塾に…行ってみる?」と聞いてみました。
息子は何言ってんのとばかりに
「勉強嫌いなのに、塾なんて行くわけないじゃん」
「だよね〜!」二人で爆笑🤣
ついでに聞いてみたんです。
「不登校児だけど、引きこもりにもならず、非行にも走らなかったよね。
たばこ吸わないし、お酒も飲まず、夜遊びもしない。なんで?」
息子曰く
「不登校で親に迷惑かけてるのに、非行に走るだなんてできないよ」
親ながら、真面目な不登校児だな〜と思いました。
毎日家事も手伝うし、小遣いをせびるわけでもない。
たばこもお酒も、もちろんやらない真面目な不登校児。可愛い息子です。
校長先生宛の手紙
校長先生への手紙は、担任の先生からヒントをもらいつつ、
何度も書き直し、2人で「どう?」と見せ合いながら、必死で書きました。
初めての共同作業という感じでしたね...夫婦じゃないけど。^ ^
登校日数が少ないと、こういうことをするのか...と初めて知りました。
この高校受験、小学校は卒業したけど、中学はほぼ行ってないに等しい状態です。
私からすれば、小学6年生が高校受験するようなものじゃん、と思ってました。
それでなくても勉強嫌い。これからどうやって受験勉強すれば良いのか、
悩みました...。

学習指導?
不登校については、以前から私が務めている病院の医師に相談していました。
そこで、精神科の児童青年期に、心理士が勉強を教える「学習指導」というものが
あって、それを受けてはどうかと言われました。
勉強嫌いで、塾にも行かず、高校受験がヤバい状況。
これはすがるしかないと思いました。ありがたい話です。
息子に説明して、まずは試しに学習指導を受けてみました。
本人は「わかりやすかった」と話し、定期的に通うことができました。
ちょっと安心♪
受験結果は...!
そして、学力が足りないと言われていた、定時制高校の午後部を受験。
結果は、合格!
ホント、嬉しかったです!本人も安心した様子で満面の笑み。
担当してくれた医師と心理士も喜んでくれました。
本人も嫌いな勉強を頑張ったし、先生方にも感謝しかありません✨
ありがとう😭❤️

これから、新しい生活が始まります!ワクワクとそわそわです。
定時制高校時代〜まさかの...
入学式での校長先生の話は、ひと味違いました。
「ご出席の親御さん方。定時制高校に来るお子さん達は、何かしら抱えて
通ってきている学校です...」と、子供に対する見方、偏見を無くし、
関わり方を示唆する、考えさせるような内容でした。
今まで聞いてきたよくある話ではなく、心に留めておきたい話で、
飽きることなく、最後まで聞き入っていました。
安心できる学校という印象を受けましたね。
息子は、自分の生活パターンに合った、午後からの登校だったので、
翌日から自転車で登校しました。続くといいな...。
通学が始まると
いきなりどうした!と思うほど、休むことなく毎日登校したんです。
皆勤賞!
普通高校じゃないので、3年で卒業ではなく、4年間で長いんです。
かなり驚きました。
そして、三者面談の時は、大学進学を勧められるほどで、これもまた驚き。
息子よ、どうしたんだ?何が起きた!という感じでした。
定時制高校は、就職が多かったので、私の中ではまさかのお誘いでした。
本人は、勉強はやっぱり嫌いだと言い、なぜ成績が良くなったのか、
自分でもよくわからないと話していました。
ただ学校は、クラスの人数が20人の2クラス。
でも登校するのは静かな学生5〜6人とのことだったので、
人数も少なく、集中して授業を受けられたからかな~と思っています。
大学...本当に行けるのか?
先生の過大評価なんじゃないのかと、少し疑ってました。
進学と就職
勉強嫌いの不登校児は、卒業後、まさかの専門学校に進学しました。
驚きです。
今度は小学校以来の朝からの通学。また心配でした...。
でも蓋を開けたら、また休むことなく自転車通学。
真面目に授業も受けて、資格もたくさん取って、
先生からの推薦で就職も決まりました。
専門学校の授業料も、自分のアルバイト代から払っています。
母は頭が上がりません💧
それでも息子は言います。
「今でも勉強は好きじゃない」「休みの日は何もしない」
バイトも学校もない日は、一日ずっと寝てる息子です。
「大好きだよ」のその後
そうそう、「お母さん大好き」とハグ。実は中学まで続きました💧
私も受け入れて「お母さんも大好きだよ」と言ってましたが、
自然と息子から言わなくなり、もちろんマザコンにもなってません😊
それでも親子仲は良好です。

思春期になり、もう大きいんだからと、
甘えたいのを突き放したりは絶対しませんでした。
末っ子は高校に入っても「大好きだよ」って言ってきましたけど、
17歳になってから、だんんだん言わなくなりました。
でも、仲良しです♪
二人とも、私と買い物に行くし、ならんで歩くし、
私の方から
「友達に見られたら、恥ずかしいんじゃないの?」と聞いたくらいです。
返事は「全然!なんで?」と逆に質問されました😅
私が望んでいた、家族を大事にする海外の家族像ができあがっていました。
私の子育てで大切にしていたこと
4人とも共通して言わなかったのは、この2つです。
「勉強しなさい!」
「〇〇大学を目指して〇〇に就職しなさい!」
ただ、この2つは言いました。
・宿題はやること
・期限(約束)は守ること
人様に、ご迷惑(警察のご厄介になる)をかけず、健康でいてくれたらと
思いながら、育ててきました。
勉強ができなくても、良い会社に勤めなくても、ちゃんと生活できたら
それでいいと思っていました。
それはたぶん私が、精神科に長く勤め、親からのプレッシャーで心が病み、
通院している患者様達をたくさん見てきたからだと思います。
また、良い学校を卒業しなくても、きちんと仕事をしていれば、信頼され、
出世もできると知ったからだとも思っています。
最後に〜同じ悩みを持つあなたへ
もし今、お子さんの不登校で悩んでいるなら、伝えたいことがあります。
私は完璧な対応なんてできませんでした。
怒鳴ったこともあるし、世間体を気にして無理やり学校に
連れて行ったこともあります。
職場に迷惑をかけて、有給もどんどん減っていき、イラつきました。
ただ、信じ続けることはできました。
「この子は悪いことはしない」
「この子なりに、頑張っている」
私は自分のしくじりから、子供を信じて受け止める、に切り替えました。
もし、
私の息子のように、イジメなどの原因が無いのに、学校に行けてないのは、
お子さん自身も辛いし、親に迷惑をかけていることも、ちゃんとわかっています。
だから、登校できない自分を責めなくていいよ、と伝えてあげてください。
そして、行きたいと思うまで待ってあげてください。
道は一つじゃありません。
普通高校じゃなくても定時制高校もあるんです。
通信制の高校もあります。いろんな道があるんです。
ちなみに我が家の末っ子は、普通高校に入学しましたが、心に傷を負い、
翌年、改めて別の高校を受験しました。
大丈夫。
お子さんは必ず、自分の道を見つけます。
だから、あなたはいつも味方でいてあげてください。
そばで見守って、受け止めてあげてください。
辛そうなときは手を差し伸べて、ときどき「大丈夫?」って
声をかけてあげてください。
でも、無理はしないでくださいね。
焦らせない、せかさない、押しつけない。
お子さんのペースで待ちましょう。
そして、あなた自身が辛いときは我慢しないで。吐き出していいんです。
同じ境遇の親はたくさんいます。あなたは一人じゃありません。
一緒に、お子さんを信じて待ちましょう♪
未来は明るく開けていきます✨

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