「ぶつかりおぢ」に遭遇した日
今日も新宿の雑踏で、私の平穏は醜悪な形で中断された。階段を上り切る瞬間、右肩にずしりと重い、湿った衝撃。避ける時間は十分にあったはずなのに、その「塊」はわざわざ軌道を修正して、逃げ場のないタイミングでぶつかってきた。
振り返れば、そこには手入れを放棄したカサカサの肌と、脂ぎった後頭部。彼が通り過ぎた後には、加齢臭と、誰からも顧みられない人間が放つ独特の腐敗臭が残る。謝りもせず舌打ちして去るその背中は、まさに「回収し忘れた粗大ゴミ」そのものだった。
不思議なのは、彼らの動物的な選別能力。体格のいい「男性(dansei)」にはモーセの十戒のごとく道を開けるくせに、私のような女を見つけると、急に「空間は俺のものだ」と特権意識を剥き出しにする。結局、反撃されない相手を秒単位で選別する、卑怯者の生存戦略でしかないのよ。
あの薄汚い背中は、これからどこに帰るんだろう。きっと、壁の薄い古いアパートで、誰からも連絡が来ないスマホを眺め、割引シールの貼られた弁当を黙々と口に運ぶ夜。悲しい? いいえ、全部「結果責任」でしょう。
誰かを大切にする努力も、自分を磨く知性も放棄して、「男(otoko)」という初期設定に甘えてきたツケ。朝起きてから寝るまで、誰からも名前を呼ばれない完璧な孤独に耐えられず、駅の階段で女性をよろけさせる。そんなゴミみたいな自慰行為でしか、自分の存在を確認できないなんて。
明日彼が人知れず息絶えても、誰も気づかない。異臭で発見され、役所の担当者に「ゴミ」として遺品を処分されるのが、彼らにふさわしい終わりの形。生まれた時から無価値だったなんて残酷だけど、他人の尊厳を傷つけて自分を慰める道を選んだ時点で、彼らは人間というステージを降りたのよ。
駅の階段を降りる時、私は今日も周囲を警戒する。それは恐怖ではなく、お気に入りのコートを汚されないための「衛生管理」。あなたが明日この世界から消えても、酸素濃度が少し上がり、駅の空気が清浄になるだけで誰も困らない。
さて、明日はどのコートを着ようかな。私の人生には、彼らのそれとは比べものにならないくらい、大切にすべきものがたくさんある。
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