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「ツイフェミ」とラベリングすれば、自分の加害性を直視せずに済むらしい。

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Sakura.

休日の午後、少しだけ時間が空いたから、なんとなくYouTubeを開いただけだった。
別に見たいものがあったわけじゃない。ただ、思考を止めて流れてくる映像を消費したかっただけなのに、アルゴリズムというのは本当に余計なことしかしない。

おすすめ欄のど真ん中に、けばけばしい配色のサムネイルが鎮座していた。
「【論破】矛盾だらけのツイフェミを完全粉砕してみたwww」
みたいな、IQが30くらい下がりそうなタイトル。添えられているイラストは、意図的に醜く、太って、顔を真っ赤にして怒り狂う女性のカリカチュア。

反射的に「興味なし」のボタンを探しながら、ふと、強烈な吐き気が込み上げてきた。
その動画の中身にではない。こんなものが数万、数十万回も再生され、そこに広告がつき、それが「エンターテインメント」として成立してしまっている、この国の腐敗した空気に対して。

そもそも、「ツイフェミ」って何なのだろう。
彼らはその言葉を、まるで魔法の呪文か何かのように使っている。
女性が社会で感じる生きづらさを吐露したり、明らかに不均衡な構造に対して異議を申し立てたりすると、彼らは即座にそのレッテルを貼り付ける。「はいはい、ツイフェミね」「出たよ、お気持ち」と。

そうやってラベルを貼ってしまえば、もうその中身を精査する必要がなくなるからだ。
相手の言葉の背景にある、血の滲むような悔しさや、理不尽な扱いに耐えてきた歴史、そういった文脈の一切を「愚かな女の戯言」という箱に放り込んで、蓋をする。
そうすれば、自分たちの足元にある加害性に向き合わずに済む。自分たちが無意識に享受してきた既得権益が脅かされることもない。
「ツイフェミ」という言葉は、彼らにとっての強力な思考停止スイッチであり、精神安定剤なのだと思う。

動画の中身なんて見なくてもわかる。
どうせ、ネットの海から拾ってきた極端な言説や、文脈を切り取ったツイートを並べて、合成音声や早口のナレーターが嘲笑しているだけだろう。
そこで描かれる「女性」は、現実の私たちとは似ても似つかない。
論理が破綻していて、感情的で、ヒステリックで、会話が成立しないモンスター。
彼らはその「醜く歪曲されたわら人形」を、自分たちの都合のいいように作り上げ、それをサンドバッグにして殴りつけているに過ぎない。

現実の女性たちが、どれだけ理性的で、忍耐強いか、彼らは想像すらできないのだろうか。
満員電車で背中に押し当てられる不快な感触に、声を上げれば遅延が起きると唇を噛んで耐えていること。
職場で「女の子なんだから」と押し付けられる雑用に、笑顔で対応しながら深夜まで残業していること。
家庭で、育児も家事も「手伝う」スタンスの夫に対して、論理的に説明しようとすれば「理屈っぽい」と逃げられる絶望。

私たちは、日々押し寄せる理不尽の波を、必死に理性という堤防で食い止めている。
けれど、彼らの動画にはそんな「生身の苦しみ」は一切描かれない。
描かれるのは、彼らの貧困な想像力が産み落とした、叩きやすい怪人だけ。
そうやって捏造された敵を倒して、「俺たちは論理的だ」「女はこれだからバカだ」と溜飲を下げる。
その構図は、男による、男のための、あまりにも醜悪なホモソーシャルな慰め合いだ。

コメント欄なんて、地獄の釜の底だろう。
「まじでこれ」「女終わってるな」「男に生まれてよかった」
顔の見えない男たちが集まって、互いの傷を舐め合いながら、安全圏から石を投げている。
彼らはきっと、現実社会では誰からも承認されず、誰のことも支配できず、空虚な日々を送っているに違いない。だからこそ、自分より「愚か」だと定義した存在を見下すことでしか、自尊心を保てないのだ。

海外の感覚からすれば、これは紛れもないヘイトスピーチであり、差別扇動だ。
こんな動画がプラットフォームによって排除されるどころか、収益化されて大手を振って歩いているなんて、先進国を名乗るのが恥ずかしいレベルの「民度」だと気づいていない。
世界標準のジェンダー観から見れば、周回遅れどころか、別の惑星の話のよう。
「日本は平和だ」なんて言うけれど、その平和は、半数の人間が口を塞がれ、痛みを「なかったこと」にされている上に成り立っている張りぼてでしかない。

この動画が再生され、広告が流れるたびに、この社会の「終わっている」度が加算されていく気がする。
女性の苦しみをコンテンツ化し、それを嘲笑することで小銭を稼ぐ配信者。それを喜んで消費する視聴者。そして、それを放置して利益を得るプラットフォーム。
全員が共犯者だ。

彼らは「論理」を好むけれど、もし本当に論理的であるならば、自分たちが叩いているのが「虚像」であることに気づくはずだ。
けれど、彼らは気づかない。気づきたくないのだ。
本当の女性たちが、彼らの幼稚な遊びを冷ややかな目で見下ろしていることに気づいてしまったら、彼らの脆いプライドなんて粉々に砕け散ってしまうから。

画面を閉じて、紅茶を一口飲む。
少し冷めてしまったアールグレイの渋みが、舌に残る。
彼らがネットの中でどれだけ「女は愚かだ」と騒ぎ立てようと、私の生活には1ミリも影響しない。
彼らは一生、モニターの中のわら人形と格闘していればいい。
現実の私たちは、そんな幼稚な男たちを介護する義理なんてこれっぽっちも持ち合わせていないし、彼らが望むような「聖女」にも「悪女」にもなってあげない。

ただ、淡々と、彼らが自滅していくのを待つだけ。
時代は確実に変わっている。彼らのその時代錯誤な価値観が、化石として博物館に飾られる日も、そう遠くはないはずだ。
まあ、それまでこの社会が持てばの話だけれど。

明日もまた、通勤電車の中で、スマホにかじりついてニヤニヤしている男を見かけるのだろう。
その画面に何が映っているか、想像するだけで虫唾が走る。
関わりたくない。視界に入れたくもない。
結局、私たちは自衛するしかないのだ。彼らの吐き出す毒素が、私たちの肌に触れないように、分厚い壁を築いて生きていくしかない。
あーあ、本当に疲れる。こんな当たり前のことにエネルギーを使わなきゃいけないなんて、人生の損失でしかないわ。

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別に、助けてなんて言わないけれど。
聖域からの被害者ごっこ
Sakura.
差別や争いは嫌い。私たちはただ、静かに息をしたいだけ。そこに『正論』も『反論』もいりません。ここは、言葉にできない痛みを分かち合える人たちだけの避難所。理解しようとしない外野の声は届かない場所で、あなたとだけ優しくつながっていたいと願います。
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